宣伝会議賞の哲学

宣伝会議賞を通して、コピーライティングのあるべき姿を考えていきます。

第55回宣伝会議賞 ファイナリストの論点 その3 中篇

『ファイナリストの論点』、今度こそ最終回、のはずが・・・。
さらに長くなってしまったので、今日は中篇後篇は明日に。

 

昨日に引き続き考えていく作品は・・・

 

子供の悔し涙は、遠くから撮るのが愛だと思う。

 

論点.文体の「人称」は妥当か?

昨日は、便宜上、本作の文体をこう捉えました。

「三人称インフルエンサー型」(ルミネ型)

さらに、次の文体を比較対象に設定しました。

「一人称深層心理発現型」

 

さて、ここからが今日の結論なのですが・・・。

本作は、もっと一人称寄りの文体の方がよかったのでは?

 

ルミネは、あの文体こそがふさわしいと思うのです。
なにせ、「わたしらしくをあたらしく」ですからね。
受け手の現在の姿に埋没しすぎてはいけないわけで。

一方、本作が伝えようとしている親の想いって、
元々、受け手の心のどこかにはあるのでは。
それを発現させ、商品に結び付けるような、
「擬似一人称度」が高い文体を選択していたら?

 

「一人称」の例として、昨日はこれを挙げました。

年賀状は、贈り物だと思う。

今日は、「一人称」の別の例として、これを。

結婚しなくても幸せになれるこの時代に、
私は、あなたと結婚したいのです。

同じ「一人称」の年賀状との違いは、こんな感じか。

・「年賀状」は抽象的命題提示形式
・「結婚」は具体的感情吐露形式

これもあくまで、相対的な違いではありますが。

 

ちなみに、「結婚」の文体を変えてみるとして、
「年賀状・ルミネ混合型」で書けば、例えば・・・。

結婚しなくても幸せになれる時代でも、
結婚する方が幸せになれると思う。

「具体的感情」より「抽象的命題」寄りで、
「疑似一人称度」は低くなっていますよね。
もちろん、共感度は明らかに下がっています

 

本作も、「ゼクシィ型」の方がよかったような。
子供の成長をやや離れて見守る親の感情を、
「疑似一人称度」が高い文体で具体的に。

もっとも、実際に考えてみると、これが難しい
ビジュアルがないとシーンが分かりにくそうとか、
商品からの距離が遠くなりすぎそうとか・・・。
本作は、あの文体だったからこその受賞なのかも

それでも、可能性は考えてみたくなるのです。

 

さて、明日こそは(予定)、後篇。